【私の視点 観光羅針盤 167】美しい景観とDMOの役割 大正大学地域構想研究所教授 清水慎一


 ヨーロッパに比べて、日本の街並みは美しくない。乱雑で、調和がとれていないし、電線や看板は無秩序だ。この彼我の差はなぜだろうかと、不思議に思っていたら、国民性という観点から実証的に解説した好著が出た。京都大学教授・井上章一さんの「日本の醜さについて」(幻冬舎新書)だ。

 「京都ぎらい」で話題になった著者は、のっけから「京都の街は美しいと心から思いますか?」と問う。個人主義で自己主張が強い欧米人に比べて「和をもって貴し」とする日本人が、街並みについては近代化と自由化を謳歌し、無秩序とエゴに覆われたと喝破する。

 一方で、単なる「口当たりのいい復古的な景観論」に対して痛烈に異を唱える専門家もいる。東北大学教授の五十嵐太郎さんは「美しい都市・醜い都市」(中公新書ラクレ)で、「景観を軸にして都市を考えると、白黒を簡単に割り切れない難しさを痛感する」と述べる。

 このように、「美しい景観・街並み」を巡ってはさまざまな議論が輻輳(ふくそう)して、容易に収れんしない。個人の感情に依拠しているだけに、合意形成が難しいからだ。しかし、景観・街並みが住民の誇りの源泉になるとともに大事な観光資源になるだけに、論議を放置できない。

 ちなみに、筆者が理事を務める「日本で最も美しい村連合」では、「美の基準」として「生活の営みと深い関わりのある景観が存在すること」「世襲財産を保護する公的な規制が存在すること」などを掲げる。具体的には、看板や電線、色彩、素材に関するルールの策定などを求めている。

 そんな現状と問題意識から、観光地域づくりにおける心地よい空間形成のあり方に正面から取り組んでいるDMOがある。過日、「ジャパン・ツーリズム・アワード」DMO推進特別賞を贈られた八ヶ岳観光圏の「一般社団法人八ヶ岳ツーリズムマネジメント」だ。

 先般も、そんな取り組みの一環でアレックス・カーさんを招いて台ヶ原地区や須玉地区などでワークショップを開催した。ご承知のように、彼は「ニッポン景観論」(集英社新書)で「壊してはいけない眺めがある」と、鋭く警鐘を鳴らしてきた東洋文化研究家だ。

 彼の提起を受けた住民たちは、街並みや景観、看板、空き家の現状と課題などについて活発な議論を交わした。同時に、景観や街並みは単に外形的な美しさではなく、長期的に地域の人たちが守り育てながら生活環境として、観光資源として楽しむものだという認識を共有した。

 美しい景観や街並みの在り方や方向性を決めるには、多様な住民による平場の議論と合意形成が不可欠だ。その場を提供するのがDMOだと、筆者は確信する。

(大正大学地域構想研究所教授)

 
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